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自衛隊の海外展開時の食事




灼熱のイラクで隊員に供された「ヌルいざるそば」と「熱々の天ぷら」
自衛隊のごはん 陸海空うらばなし編

自衛隊のごはん 陸海空うらばなし編
B00XXZIBK0 | 廣川ヒロト | 電明書房 | 2015-05-19
海外派遣で何を食べている?灼熱のイラクで供された「ヌルいざるそば」と「アツアツの天ぷら」  

武士道の国から来た自衛隊―イラク人道復興支援の真実
陸上自衛隊が2004年にイラクへ、人道復興支援任務で国外展開した際に現地で食べた食事のお話です。部隊の展開先はイラクのサマーワという人口13万人の都市でした。サマーワでは、すでにオランダ軍が治安の維持にあたっていたため、治安は比較的安定していました。部隊はこのサマーワに宿営地を設営し、駐留をしてイラク国民に対する給水や学校建設など、様々な民生支援任務にあたったわけですが、隊員たちはもちろん宿営地の中で食事をとりました。当初こそ、レトルトパックタイプの「戦闘糧食」も配給されましたが、普通はお湯で温めて食べるこの戦闘糧食2型、車両の運転席のダッシュボードに置いておくだけで、勝手に温まるほどの灼熱の環境だったそうです。その環境のためか、日本国内から持ち込んだ生活物資がよく爆発したそうです。やがて数カ月して物資が整うと、日本国内からのほかクウェートからも生鮮食品の調達が容易になり、日本国内の駐屯地での食事と大差ない食事が配給されました。さて、次第に日本での食事とそん色ない食事になってはいったものの、砂漠地域であるサマワの環境では、ざるそばがヌルかったそうです。揚げ物を作るのもまさに「格闘」。そんな中でもテンプラの温度をキッチリ測って調理しました。余談ですが、サマワはシーア派の多い地域でしたので、宿営地内でのアルコールの摂取が一切禁止でした。ただし、ノンアルコールビールは配給されました。また興味深いのは、ここサマワ宿営地での土曜の夕食は毎週必ずカレーライスでした。理由は「曜日感覚を取り戻す」ため。海上自衛隊の艦艇の食事と同じ理由だったのです。緑の迷彩服に桜花を輝かせたベレー帽をキメて颯爽とイラク戦争へ人道支援で展開した砂漠の中の陸上自衛隊員たちは、裏で大変な苦労をしていたんですね。 

参考文献 「武士道の国から来た自衛隊 産経新聞イラク取材班」

PKOでの食事の逸話

いつでも食べたい!自衛隊ごはん (イカロス・ムック)
自衛隊では90年代初頭より、PKO活動にて国外派遣されています。92年のカンボジア派遣は、自衛隊史上初の海外展開になりましたが、展開当初に隊員が食っていたものは、やはり自衛隊式での飯盒にごはん、レトルトのハンバーグ、それに飯盒のふたに味噌汁・・など。陸上自衛隊では活動拠点としてタケオ基地を設営しましたが、とにかく治安が悪く、そのうえきれいな水の確保に苦しみました。そんな陸自部隊に「助け舟」を出してくれたのが、シアヌークビル港に停泊を続けた海上自衛隊の艦艇です。海自の艦内にて、陸自隊員たちはシャワーや食事などの満足な提供を受けることができました。物資が整うとまともな食事も配給されました。一方、派遣中に行われたUNTAC参加国の戦闘糧食コンテストで、日本の「戦闘糧食 II」型が世界の軍隊のレーションの中で1位を獲得するという快挙を達成した逸話もあります。自衛隊のレーションは世界の諸外国軍のレーションに比べても引けを取らないようですよ。 

参考文献 
日本防衛秘録/守屋武昌 新潮社 
PKO戦記/日本出版社



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